追悼 フレディ・ジャクソン



A子 「あら、なんか元気ないわね。」
あみ「またやらかしたわ…。腕時計を失くしたのよ。」
A子 「まあ大変。高いやつ?」
あみ「いや、安物だからそれはまあいいんだけど、失くした場面の記憶が全くないのよ!ついさっきまで腕にはめていたのに、ふと見たら消えていたって感じ。ベルトが太めのしっかりしたタイプだから、ひとりでにはずれて落ちることはないし、私がどこかではずして置き忘れたんだろうけど…、思い当たることが全然ないのよ。」
A子 「ふーん。」
あみ「時計を失くしたことはもちろん残念だけど、それよりも記憶がやばいことになってるほうがショックでね…。年は取りたくないものだわ…。」

あみ「それから、沈んでる理由はもうひとつあって。フレディ・ジャクソン(Freddie Jackson)が亡くなったのよ…。」
A子 「フレディ・ジャクソンって、黒人歌手の人?」
あみ「そう。話せば長くなるんだけど、聞いてくれる?」
A子 「うん、いいよー。」

あみ「1980年代の初めごろに、都会的で洗練された黒人ポピュラー音楽がアメリカで流行りはじめたんだよね。それまでの黒人音楽は、たとえばファンクとかね、どっちかっていうと汗臭いのがかっこいい、みたいなところがあったんだけど、それとは真逆のお洒落な雰囲気をまとった黒人音楽がいろいろ出てきたの。そういうタイプの音楽は『ブラック・コンテンポラリー』と呼ばれるようになって、日本では『ブラコン』という略称とともに人気が高まっていったのよ。」
A子 「ふんふん。」
あみ「ブラコンの楽曲を作ったりマネージメント業務を行う会社で有名だったのがハッシュ・プロダクションズというところ。ここでは、メロディーやコード進行が美しくてシンセサイザーやリスムマシンがふんだんに使われたキラキラした曲を、たくさん作っていたのよ。そんなハッシュの力を借りて1985年に『Rock Me Tonight』というアルバムでソロデビューを飾ったのがフレディ・ジャクソンなわけ。」
A子 「へえー。」
あみ「フレディはもともとミスティック・マーリン(Mystic Merlin)というグループにいて ‟Mr.Magician” という名曲を歌った実力派なんだけど、彼のスマートで優しいテナーヴォイスとソウルフルな表現力が、お洒落なハッシュ・サウンドと、まさにシンデレラ・フィットしてね。デビューアルバムは大ヒットして、彼は一躍ハッシュの看板シンガーに、すなわちブラコンを代表するアーティストという地位を固めたってわけよ。」
A子 「なるほどー。」
あみ「私は、フレディが88年に『Don’t Let Love Slip Away』というアルバムを出した頃のことをうっすら覚えてるの。ラジオを聞いていたら『フレディ・ジャクソンは女性にすごく人気があって、コンサート会場は興奮した女性ファンの黄色い声援で埋め尽くされます』という紹介の後に、アルバムタイトル曲の ”Don’t Let Love Slip Away” が流れたのね。私は興奮とまではいかなかったけれど『これ、いい曲だなあ』ってすっかり気に入っちゃって。今でもちょくちょく聴いてるわ。」
A子 「そうなんだ。」

あみ「フレディは輝かしい80年代が過ぎて、90年代に入ると活動が停滞するんだけど、2000年代になってちょっと元気が出てくるのよ。2000年に発売されたライブアルバム『Live In Concert』がとても良くてねぇ。”Nice & Slow”をはじめとして黄金の80年代のヒット曲を次々と歌ってくれて『フレディー、やっぱ好っきゃねーーん!」って叫びそうになったわ(笑)」
A子 「やしきたかじんかい!(笑)」
あみ「その後も、素敵な歌声はそのままに、時代とのバランスをうまくとったオリジナルアルバムをいくつも出していったのよ。いずれも80年代みたいな大ヒットにはならなかったけれど、ファンを失望させない好盤だったわ。」
A子 「そうなの。」
あみ「フレディが亡くなったことは本当にショックよ…。でも彼が私にとって大切なアーティストであることはこの先も変わらないし、ずっと聴き続けていくと思う。」
A子 「そうね…。フレディさんのご冥福をお祈りしましょう。」

この記事に関する皆様からのご意見・ご感想をお待ちしています。X(@amiamaama)のほうでお受けしますので、どんなことでもお気軽にお寄せください。




スポンサーリンク